3行要約
- DatabricksのCEOが、AIの進化によって既存SaaSの「独占的な価値」が失われると予測。
- ソフトウェア開発コストがゼロに近づくことで、巨大SaaSに対抗する安価な競合が乱立する時代へ。
- 今後の企業価値は「アプリの機能」ではなく、独自の「データ」とそれを扱う「AIシステム」にシフトする。
何が発表されたのか
データ・AIプラットフォームの大手であるDatabricksの最高経営責任者(CEO)、アリ・ゴディシ(Ali Ghodsi)氏が、TechCrunchのインタビューにおいて、現在のSaaS(Software as a Service)業界の根幹を揺るがす非常に刺激的な見解を示しました。
ゴディシ氏は、「SaaSが完全に消滅することはないが、AIによってその存在は『無関係(irrelevant)』なものになるだろう」と主張しています。これまでSalesforceやWorkdayといった大手SaaS企業は、特定の業務プロセスを効率化する複雑なソフトウェアを提供し、その「機能の多さ」や「使い勝手」を武器に高いライセンス料を維持してきました。しかし、生成AIの登場によって、このビジネスモデルの源泉である「ソフトウェアを構築するためのコスト」が劇的に低下しているというのです。
ゴディシ氏の指摘で興味深いのは、単に「AIがSaaSを置き換える」と言っているのではなく、「AIによって誰でも同等のソフトウェアを作れるようになる」という点です。これを彼は「ソフトウェア開発コストのゼロ化」と表現しています。従来、数千人のエンジニアと数年の歳月をかけて構築してきた複雑な業務システムが、AIの支援によって、少人数のチーム、あるいはAIエージェント自身の手によって極めて短期間かつ低コストで複製可能になります。
つまり、既存のSaaS王者が築き上げてきた「機能の網羅性」という参入障壁が、AIという巨大な波によって無効化されようとしているわけです。ゴディシ氏は、ユーザーが自然言語で指示を出すだけでアプリケーションが生成される「バイブ・コーディング(vibe-coding)」によって、既存の巨大SaaSのクローンや、よりその企業に最適化されたカスタムツールが次々と誕生すると予測しています。
この発表は、単なる一企業のトップの予測という以上に、私たちがこれまで当たり前だと思っていた「ソフトウェアを買う」という行為そのものの意味を問い直すものとなっています。
技術的なポイント
今回の発表の背景には、いくつかの重要な技術的シフトが存在します。ゴディシ氏が強調しているのは、AIが単なる「補助ツール」から「システムの構築主体」へと進化している点です。
まず第一に、「コード生成能力の飛躍的向上」が挙げられます。ChatGPTやClaudeといった大規模言語モデル(LLM)は、すでに人間と同等かそれ以上のスピードでプログラミングを行うことができます。特に「Cursor」のようなAIネイティブな開発環境の普及により、技術的な知識が乏しくても、複雑な要件をAIに伝えるだけで動作するプロトタイプや実用的なアプリを作成できる土壌が整いました。
第二に、「データ・インテリジェンス・プラットフォーム」という概念です。Databricksが提唱しているこの仕組みは、企業内のあらゆるデータ(構造化・非構造化を問わず)をAIが直接理解し、そのデータに基づいて最適な処理や意思決定を行うというものです。これまでのSaaSは、データの「器」として機能してきましたが、AIがデータそのものを理解して操作できるようになれば、もはや特定の「器(特定のUIやワークフローを持つSaaS)」に縛られる必要がなくなります。
第三に、ゴディシ氏が言及した「複合AIシステム(Compound AI Systems)」の考え方です。これは、単一のLLMを使うのではなく、複数のモデルや検索ツール、外部APIを組み合わせて一つのタスクを完遂するシステムを指します。例えば、「自社の過去10年分の商談データ」をAIに学習させ、それをもとに「自社専用のCRM(顧客管理システム)」をAIが動的に構築・運用する。こうしたことが技術的に可能になりつつあります。
これらの技術が組み合わさることで、ソフトウェアは「完成品として購入するもの」から、「自社のデータに合わせてAIがその都度生成するもの」へと変貌していきます。その結果、従来のSaaSが提供していた汎用的な機能はコモディティ化し、相対的な価値が低下するというのがゴディシ氏の技術的なロジックです。
競合との比較
今回のDatabricks CEOの発言に基づき、彼らが目指す方向性と、現在の主要なAIプレイヤーとの立ち位置の違いを整理しました。
| 項目 | Databricks(今回の視点) | ChatGPT (OpenAI) | Claude (Anthropic) |
|---|---|---|---|
| 主なアプローチ | 企業の独自データに基づくAI自律構築 | 汎用的な対話型AI・エージェント | 高い推論力とコード生成能力 |
| ソフトウェアの捉え方 | 開発コストがゼロになる使い捨ての道具 | 人間の作業を代替するパートナー | 開発を効率化する高度な知能 |
| ターゲット | 大企業のデータ基盤・独自システム構築 | 一般消費者からビジネス利用まで | 開発者・クリエイティブ層 |
| 優位性 | データの所有権とガバナンスの維持 | 圧倒的なユーザー数とエコシステム | 精緻なコード生成と安全性 |
DatabricksがChatGPTやClaudeと決定的に異なるのは、彼らが「データの置き場所」を持っている点です。OpenAIやAnthropicは非常に強力な「知能」を提供しますが、その知能が働くための「文脈(自社の機密データ)」は企業側にあります。
ゴディシ氏の主張は、「自社のデータさえ持っていれば、AIを使って自分たちでSaaS並みのツールを作れるし、わざわざ高額なSaaSにデータを預ける必要はない」という、データ主権に基づいた戦略に基づいています。ChatGPTが「何でも答えてくれる秘書」だとするならば、Databricksが描く未来は「自社のデータを元に、必要なソフトウェアを即座に自作してくれる工場」のようなイメージと言えるでしょう。
また、Claudeなどがプログラミングを強力に支援する一方で、Databricksはさらにその一歩先、つまり「プログラムを意識することなく、データから直接価値を生むシステム全体」を視野に入れています。
業界への影響
この「SaaSの無価値化」という予測が現実のものとなれば、IT業界には短期的、そして長期的に非常に大きな影響が及びます。
短期的には、既存のSaaSベンダーに対する価格引き下げの圧力が強まるでしょう。これまで企業は、他に選択肢がないために高価なライセンス料を支払ってきました。しかし、「AIを使えば同等のものを安く作れる」という選択肢が現実味を帯びてくれば、ベンダー側は「AIには真似できない独自の付加価値」を証明するか、価格を大幅に下げる必要に迫られます。
また、企業のIT投資の優先順位が激変します。これまでは「どのSaaSを導入するか」が重要でしたが、今後は「いかに自社のデータをきれいに整理し、AIが使いやすい状態(データ基盤)を整えるか」に予算が集中するはずです。なぜなら、データこそがAIを動かす燃料であり、ソフトウェアを自前で生成するための源泉になるからです。
長期的には、ソフトウェア開発の民主化が究極まで進みます。これまでは、特定の業務ニーズがあっても、それを実現するソフトウェアを開発するコストが見合わずに断念するケースが多くありました。しかし、開発コストがゼロに近づけば、「この1週間のプロジェクトのためだけに、特定の機能を備えたアプリをAIに作らせる」といった、オンデマンドで使い捨てのソフトウェア利用が一般的になります。
これは、SIerや受託開発企業にとっても死活問題です。これまで「要件定義から実装まで数ヶ月」かけていた仕事が、AIによって数時間で終わるようになれば、従来の時間貸し(人月単価)のビジネスモデルは崩壊します。代わりに、「AIをいかに使いこなし、ビジネスの課題を解決するシステムを素早く構成できるか」という、より高度なコンサルティング能力が求められるようになるでしょう。
私の見解
元SIerのエンジニアとして、そして今AIを毎日追いかけているブロガーとして、今回のゴディシ氏の発言には「ついにここまで言及するトップが出てきたか」と強い衝撃を受けました。
正直なところ、私も現場でシステムを作っていた頃、何億円もの予算を投じて構築している機能が、実は既存のSaaSを少しカスタマイズしただけのようなものだったり、逆にSaaSの制限に合わせて業務を無理やり曲げている光景を何度も見てきました。そのたびに「もっと自由に、安く、自社に最適なツールが作れればいいのに」と感じていたものです。
個人的には、ゴディシ氏の言う「SaaSの無価値化」は、ある意味でユーザーへの「主権回復」だと思っています。これまでは、高価なSaaSを使わされているという側面がありましたが、これからは「自分たちのデータを使って、自分たちで必要な道具を作る」という当たり前のことができるようになります。
ただし、注意しなければならないのは、ソフトウェアを作るコストがゼロになっても、「何を作るべきか」という設計思想や、データの品質を維持するガバナンスの重要性はこれまで以上に高まるという点です。AIに指示を出せば動くものは作れますが、それが「正しい答え」を出し続けるかどうかを判断するのは、やはり人間です。
「本当に使えるものだけを厳選する」という私のスタイルから言えば、今のうちに私たちがすべきことは、特定のSaaSの使い方を覚えることではなく、AIに正しく指示を出し、自社のデータをどう活用したいかを言語化する能力を磨くことだと思います。この流れはもう止められません。この変化を「既存のシステムの危機」と捉えるか、「自分たちだけのシステムを安価に持てるチャンス」と捉えるかで、数年後の企業の姿は全く別物になっているはずです。
私もいちブロガーとして、皆さんがこの激動の時代に「自分たちに最適な道具」をAIで作っていけるよう、実用的な情報をこれからも発信し続けたいと思います。ぜひ、皆さんも「もし今のSaaSが無料のAIツールに置き換わったら?」という想像を巡らせてみてください。
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